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みんぺのにっき。

何かが変わっていったらいいなと願いながら、感じたままにいろいろ書きます。生きたいように生きたいね。好きなことを、好きなように好きなだけ。

ひさしぶりの心屋さんを読んで、「わたしは素敵」と自分を許して。

帰りの電車で、久しぶりに心屋さんの本を読んだ。

 

最近ずっと読みたかったのに読めなかったのは、単純に貸し出し中だったからです。

半年以上経て手元にもどってきました。

おかえり~~~。

 

いくつかもっているけど、読んだのは『心配しすぎなくてもだいじょうぶ』ってやつ。

 

 

途中で眠くなったので、2章までしか読んでないのだけれど、最初に読んだ時とは全然違う感覚で読み進めていた。

 

前は、金属を燃やすといろんな色の光りが出ることを知って、うわー素敵すごい!!っていう感動があったのが、1+1=2っていうのを読んでる気分。

もう知っていること、なじんでいることとして脳が認識している感覚。(だから眠くなったのかも)

 

それでも、こころにとまったセクションがあった。

 

 

2章の8「自分一人でやる方が偉いという勘違い」というお話。

 

 

自分の、というか世の中の傾向としてあるのが「何かを為し得た」から自信が得られるという考え方。

(試合に勝つことが自信だったり、模試でいい点数とれるのが自信だったりうまくいった経験があるから、うまくいく想像が過程からできることにあるんだろうなぁとは思います。)

 最近はそれが特に顕著に表れていたかな。

 

パルクールがうまくなければわたしに価値はない」という考え方がまさにそう。

 

そんなことは全然なくて。

わたしはわたしのまんまでとってもでっかい価値があるんだから、自分のパルクールのこともサイトのこともそれ以外のことも自分ひとりでなんとかしようとするんじゃなくて、「自分は愛されている」という絶対的な自信のもとにもっともっと甘えてもいいんだということ。

 

 

わたしは家族以外の人から「しっかりしている」という印象をもたれることが多いです。

 

 

それは自分が周囲に甘えないから。

 

 

自分の周囲からのイメージはあんまりいい評価をもってもらってないと思いこんでいるから、邪見にされて傷つかなくてもいいように、なんでも自分でやろうとしちゃう。

(結局はキャパオーバーなんだけど)

 

甘えないのは自己防衛というか、ただ杞憂なんですよね。

 

 

もっともっと、いろんなこときっと甘えてよくて、怖がらないで「教えてください」も「練習してください」も言えばいいのかなって。

みんな優しいから、言えばちゃんと教えてくれるだろうし。

そうやって応えてくれる場所があるんだから、とっても幸せだよね。

 

ほら、これもあるあるだ(笑)

 

 

成果じゃなくていい。

できない技が多くてもいい。

 

それでもわたしはパルクールが好きだ。

 

 

それだけでわたしはとっても素敵だ。

 

 

 

さらっと読んで、ふと気に留まったところについて書き出して、自分をひとつ許してあげて、ひとつ自分をほめてあげて、ちょっとうるっとなったところで今日はおしまい。