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みんぺのにっき。

何かが変わっていったらいいなと願いながら、感じたままにいろいろ書きます。生きたいように生きたいね。好きなことを、好きなように好きなだけ。

母の愛情をお金として求めてしまう心。

愛はお金に変えられない。

金では買えないものがある。

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この言葉にわたしは大きく頷くことができる。

 

これをノーという人はあんまりいないんじゃなかろうか。

 

というか、金ですべてを買えるほどの財力を持っている人がいないと言った方が正しいかもしれない。

 

 

わたしがお金で買おうと思えるものは、自分の心を満たすものやお金を出すことで整えられる環境とか。

正直、ブランド品を買いあさる行為とかは、すごく騙されてるみたいでかわいそうだなぁと思ってみている。

 

高級なレストランでの食事も、高いブランド品も、それをともに過ごす人がいて、誰かがわたしを想って選んでくれることで「価値」を持つものだとわたしは思っている。

(残念ながらいまだかつてそのような経験はありませんが)

もちろん、金銭感覚の違いはあるので、そういうものの基準が高い人もいるとは思いますが。

 

 

だけれども、わたしはお金で愛情をはかることがたったひとつだけあったりする。

これは、とっても認めたくないけれど確かな事実。

 

 

それは、親からの愛情。

特に母親からの愛情だ。

 

 

中学のときほど、母親に愛されていないと思うことはなくなったが、(というかそもそも疑う余地はなく大切にされてはいるのだが)母の中にある(ような気がする)兄弟の優先度の中で自分がもっとも低いと思うときはある。

 

最近それを感じたのは、年末年始だった。

その頃はわたしと母と父、それからおばあちゃんの4人で生活していたので、兄、姉、弟が家にいることは特別なことだった。

人数が増えたとはいえ、普段とすることは変わらない。

炊事や洗濯はもちろん、時期が時期だったので掃除はいつもより念入りにしなくてはならなかった。

 

でも、手伝えというのはわたしだけなのである。

 

おかしい。絶対におかしい。

だって、家族なのだ。

昔はみんなでやっていたことを、なんでわたしにだけやれというのだ。

全員働いてしかるべきなのだ。

 

もうとってもとっても腹立たしかった。

 

なんで、兄や姉や弟をもてなさなければならない。

お客さんじゃない。

家族なのに、だ。

わたしだけ、働き手としてみなされていることが、自分をないがしろにされているみたいでいやだった。悲しかった。

めったに帰ってくることのない、兄や弟がいるのは母親としては嬉しいだろうし、かまってやりたくもなるだろう。

でも同じ兄弟の立場としては、ふざけるな!だった。

 

 

 

 

 

わたしが、母親にないがしろにされているように感じてきたのはもうほんとうにずっと前から。

 

いちばん強く感じたのは、中学の2年生のときの誕生日だったと思う。

その年、なんときかは忘れてけれど、お姉ちゃんがクローゼットを買ってもらっていた。

ふとんをしまうカバーに棒をとりつけたみたいな作りじゃなくて、木でつくられた大きなやつ。洋服をかけるバーの下にもかばんを置けるスペースがあり、さらにその下に2段の引き出しがついているのである。

ごちゃごちゃした上着とかも隠れてしまうし、部屋をきれいに整える姉の性格も手伝って、そのクローゼットのある姉の部屋はとっても素敵に見えた。

 

だから、同じようなクローゼットがほしい。

 

とお願いをした。

 

約束だからね!と言った。

 

誕生日が楽しみでしかたなかった。

 

誕生日が来たらわたしの部屋にもとっても素敵なクローゼットがくるんだ。

片づけろっていつも言われるけど、クローゼットが来たらわたしの部屋もきっと素敵になるだろう。

とっても、とっても楽しみにしていた。

 

 

誕生日が近づいて、近くの家具屋さんに見に行ったけれど、似たようなクローゼットは見つからなかった。

それでも、お母さんは別のところで探してみようねって言ってくれたんだ。

きっと見つかるとわたしも思っていた。

 

でも、しばらくして母が買ってきたのは家から歩いて15分くらいのホームセンターで売っている、4段のタンスだった。しかもプラスチックの。

もうほんとに可愛くないの、そのタンス。

 

クローゼットじゃないこともショックだったし、そのことに不服を言うと母はわたしに「いいじゃんこれで。我慢して」と言った。

 

もう本当に傷ついた。

 

お母さんはわたしのことなどどうでもいいのだと、本当に思った。

 

 

わたしがここまでショックを受けたのには理由がある。

わたしの家では、小さいころから約束は守れと父に教え込まれてきた。

だから、約束だけはちゃんと守るのが当たり前だった。

 

 

わたしは母にクローゼットは約束だと言った。

母もそれを了承した。

 

この時点で、わたしと母の間に約束は成立していた。

 

それなのに、母は約束を破った。

約束のものと違うものを、それも全然かわいくもないものを勝手に買ってきた。

母に裏切られたと思った。

 

それはずっとずっと続いた。

母に感謝を覚えた、去年までずっとずっとわたしはその痛みを持っていた。

 

おばあちゃんにしか話したことはないので、家族のだれも知らないわたしの傷。

 

長いので次の記事へ。