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みんぺのにっき。

何かが変わっていったらいいなと願いながら、感じたままにいろいろ書きます。生きたいように生きたいね。好きなことを、好きなように好きなだけ。

今苦しんでいること、自分の居場所探し、悲しくなって泣いたこと

知らない間に一個前の記事で30記事目。

長いようで短い!

更新しなくても2~5人くらいは閲覧があるのがびっくり。

更新すると30~100の間でけっこう幅が広いんだけど(笑)

 

 

自己満足の一貫だけど、言いたいことを言うブログなのでそれもまたよし!

 

人の共感を誘える文章とかは全然書けないけど、こうやって自分の考えてることをタイプするのは楽しいからそれもまたよし!ってことで。

 

 

 

いま、自分がいろんなことやりたいって息巻いているけれど、自分自身でその言葉に苦しむことがよくある。

現役で卓球プレイヤーやってた頃に読んだスラムダンク勝利学っていう本の中に、目標は口にするといいみたいなことが書いてあった。

いわゆる有言実行ってやつ。

 

コトバにすることで、責任が生まれる。

その責任があるから実現するべくして行動する、みたいな感じのこと。

 

読んだのはもう何年も前だから正確には覚えていないけどニュアンスはこんな感じだったはず。

 

それにならって今まで、自分が逃げちゃいけないことに関しては結構意識して口にしてきた。

「部活を辞めない」ってっ同期の前で公言したのもそうだったし、いまパルクールで生きていきたいってこのブログをはじめいろんなところで言っているのもそういう理由からっていうのはちょっとある。

 

ただ、これの弊害としては強迫観念に自分が囚われてしまうことだと思う。

 

 

部活の時もそうだったし、いまの自分もそうだと思っている。

 

こないだ神奈川にいる友達と泣きながら電話していたら、その子に「のんちゃんは~しなきゃが強いから苦しいんだよ。もっとパルクール楽しめばいいよ」って言われた。

 

確かにそうで、いまは結構うまくならなきゃっていう気持ちが先行してる。

 

 

うまくなりたいのは、自分のコトバに説得力がほしいからっていうのはいつかの記事でも書いたけど、JPWCという情報サイトの運営や、練習会を主催する立場としては、説得力がないと拡散力や練習会の進行がうまくいかないことが出てくるから。

 

わたしだったら下手な人に教えられたくないしね。

 

お前全然できひんやないかいってなる。

 

だから、はやく!もっと!!という気持ちばかり焦って、うまくその時間を作れない自分を責めて、ダメだダメだで心がいっぱいになって身体が遠ざかっていってしまう。

 

そしてほかの人をいいなぁって思ってしまう。

 

バイトとか、勉強とか、家のこととか。

そういうことしないでも環境がある人、それでどんどんうまくなっている人を見ると悔しくて悔しくて仕方ない。

 

今一番したくないのはバイト。

でも、バイトしないとお金ないもん。

 

アメリカに行きたい→お金が必要→バイトしなくちゃ

でも、このバイトがいまなかなかにシフトを削られるから多めにシフト入れなきゃいけなくて、それががっつり日中とかじゃないと削られるから入れるでしょ?

疲れるし、日も落ちるから練習したくなくなる。

 

 

でも家も遠いから、室内の個人練習で空いてるところ使えなかったり。

東京や名古屋の、きちんと練習できてる人たちを見て羨ましくて、泣けてくるくらい悔しくなって。

 

でも、それも自分が頑張ってないからだ。

本気になれば練習する時間くらい作れるだろってなって。

あぁ、わたしはダメなやつだ。

パルクールしたくないんだ嘘つきだ。

寒さや暗さに負けてしまうくらいの気持ちなんだな。

やってないってことは、パルクールで生きていきたいなんて嘘なんだ。

 

嘘つき、嘘つき、嘘つき。

なにもなくなるのが怖くてパルクールを手放せない癖に。

 

そうしたらそんなにパルクール好きじゃないのかなってなって、背負うのが苦しくなって、また練習から遠ざかって、みたいな。

 

 

全然関係ないけど、名古屋で練習しにくいことのひとつに、自分の居場所のなさをいつも感じるからだというのがさっきわかった。

名古屋にわたしの居場所はない。たぶん。

女子は違うけど。

わたし名古屋勢って認識されてないことがわかってぼろくそに泣けてきた。

 

わたしの信頼や仲間意識も勝手な一方通行で、めっちゃみじめじゃない?自分。

 

本当に笑えるくらいみじめ。

 

裏切られたとかそんなことは一切思わないけど、ただただ悲しいし、みじめだし。

嫌になってきた。

 

 

 

結局のところ、わたしは「居場所」がほしいのかもしれない。

部活にはなかった居場所。

それを求めて部活を辞めたのかもしれないし、そこにあったパルクールに逃げたのかもしれない。

 

 

うまくなりたいには承認欲求が隠れているし、ここに居てもいいよって言ってほしいんだと思う。

だから、練習会とかもやるんだと思う。

 

なんてくだらなくて不純な動機なことでしょう。

 

 

パルクールの根底にあるのが、ただの「愛されたい」でなんだかがっかりだ。

またひとつ自分のことを嫌いになって終わっていく。

 

でもパルクール続けるよ。

アメリカにいるわたしの片割れの隣にいたいもん。

これは素直な気持ち。

 

 

そして、ひとしきり泣いて、落ち着いたら「見返してやろう」ってふと思ったから、同じことで泣いたり悩んだりしながらなんやかんやで続けていくんだろうね。

 

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スラムダンク勝利学

スラムダンク勝利学

 

 

 

 

知らないところでうまくなって「あれ」って思わせたい。