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みんぺのにっき。

何かが変わっていったらいいなと願いながら、感じたままにいろいろ書きます。生きたいように生きたいね。好きなことを、好きなように好きなだけ。

ジェンダーについて

16記事目。

 

女性のためのパルクール情報サイト、という活動をしているからかジェンダーについてはよく考える。

 

自分も女の子だし。

 

ただ、どこまでが権利の主張で、どこからが男性への差別なのか。

また、権利を主張するが故、どこからか一周回った女性差別になっているんじゃないかとも思う。

 

例えば、ガールズジャムをやるときも、その場所に男性には立ち入ってもらわないようにしているけど、悪い言い方するとそこから男性を排除しているわけだし、男性の権利を奪っていやしないかと考えてしまうことがある。

 あとは、心は女性の人でもしパルクールやりたいっていう人がいたときに、女の子限定練習会の謳い文句はただの差別用語ではないのか、とか本気で思う。

 

いまも女の子でパルクールをがんばるんだー、と息巻いている一方で

女性であることははたして特別なのだろうか、とも思う。

 

パルクールの競技人口で言えば圧倒的に男性が大多数である。

これは事実だ。

 

だけども、そこにわたしが女性であることの特別性ははたしてどこまであるのだろうか。

というか、その特別性は一種の差別なのではないかとさえ思ってしまう。

 

誰でもできるはずのパルクールを女の子でがんばってますよ、というのは女の子にはできないという前提を含んでいるのでは?とも思えてしまうから。

(まだ日本の社会ではそうなだけかな。実際サイトの活動はその前提でやっているけども)

あー世界に出たい。

ほかのコミュニティにまじってみたい。

 

 

逆に男の人だと家事育児に力を入れていると素晴らしいと評価される。

(家族のあり方として、育児や家事はみんなでやるべきだと思ってるからすごくいいと思う)

でも、そこには女性はやって当たり前という前提があって、女性は家事育児と仕事を両立できないと仕事の優先順位がどうしてもあとまわしにせざるを得ないことが多いんじゃないかと思う。

これも女性に対する一種の差別だし、

男の人からみたらやらない方が普通みたいな差別を受けているんじゃないかとも感じる。

 

(うまく言えてない感は否めない。)

 

あ、レディースデイがそうかも。

いろんなところでレディースデイっていうのやってるけど、メンズデイってあんまり聞かない。

男の人だって映画とかちょっとお得になったっていいじゃんね?

 

あと、女性専用車両

名古屋市営地下鉄名城線で数ヶ月前に朝の時間帯で女性専用車両の導入が始まったけど、これはもっとやり方があったと思う。

その女性専用車両に指定されている場所はほとんどエレベーターの前だったり、エスカレーターの前だったりしているので、使いやすい場所の目の前が女性専用だと男の人はそこからどかなくちゃいけない。

乗り換えが間に合わないという男子学生の投稿が新聞に取り上げられていたほど。

 

痴漢された方ってたぶんする方が思う以上にかなりショックな出来事だから、それを防ごうというのはわかるし、女性としてはありがたいなぁと思う。

 

でも、これは女性が優遇されすぎている。

作るなら車両の最後尾とかいちばん利用者の少ない場所を選ぶべきだったと思う。

公共交通機関のこうした問題も男性差別のひとつの例だと思う。

 

 世の中のこうした女性に対する過度な優遇はもうちょっと考えなければいけないと思う。

そのためには男性がちゃんと、それは男性差別じゃないのかーとか言えたらいい。

ちゃんとお互いのバランスを知ってそれがちょうど良くなったらいい。

 

ちょうどいいってなんかいい言葉だ。

 

ジェンダーについての差別についてちょこちょこっと書いたけど、区別と差別の境目ってけっこう曖昧だったりする。

 

例えば、

 

女性の採用を活発にやっています。

女性の管理職を増やします。

 

その意味ってほんとうに女性と男性を対等に見るということなのかな。

 

それがもし、女性というだけでふるいにかけられているのだとしたら、それは男性への差別じゃないの?

 

でも男の人なら、出産のための(ここでは子どもを産むそのものことだと思ってほしい)お休みはとらなくていいわけだし、会社としてはそのほうがありがたい。

これは男性が採用されやすくていいれっきとした権利だとも思う。

 

ただ、そんなの人として評価してない!とも思える自分もいる。

 

そうやって考えると、性別も個性のうちのひとつでしかないのかもしれない。

 そう捉えるならそれは単なる区別でしかないなぁと思ったりするんだよね。

 

でもやっぱり、女だからこう男だからこうみたいなのが取っ払われつつある時代だから、性別に関係なく目の前の人を人として見ていきたいし、わたしもわたしとして見られたいという気持ちはある。

 

ジェンダーは難しい。

 

ジェンダー、特に家のことと仕事について、どこまでが区別でどこまでが差別になるのかは正直わからない。家庭それぞれの考え方もあるから国で統一して、こうだよ!というのが正しいとは思わないし。

進化の過程や歴史の中でも女性が家を守って、男性が外へ行くっていうのが当たり前な期間のが長かったからまだまだ変化の途中ではあると思うけど。

大変なのは社会の仕組みだけじゃなく、ここまで進化してきた遺伝子情報レベルで刷り込まれているんじゃないだろか。

 

働きたい働き方ができて、それぞれが理想の家庭を築ける社会であったならもう万々歳です、わたしは。

 

 

男性、女性という区別(自分の認識はそうでありたい)以上のものを持たないで、いろんな人に関わっていきたいなぁと思う。

 

 

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