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みんぺのにっき。

何かが変わっていったらいいなと願いながら、感じたままにいろいろ書きます。生きたいように生きたいね。好きなことを、好きなように好きなだけ。

いじめは誰が悪いのか

 

9記事目。

 

この数年、年に1度はいじめがニュースになる。

最悪の結果として報じられることもあれば、そこまで至らないこともあるけど、こどもの世界でそんな傷しか生まないようなことがずっとされているなんて悲しくなる。

 

正直に言って、小中高大と進級進学する中で馴染めなかった経験は多々あり、それをいじめと表現するかは置いといて傷ついた経験なんてたくさんある。

忘れたこともあるけどいまも膿んでる傷もある。

傷を癒すには自分を許して認めてあげるのがいちばん楽だと思うから、傷ついた自分を持ってる人はどうか優しく過去の自分を慰めてあげてほしい。

傷ついたね、痛かったね、悲しかったね、寂しかったねって。

あの頃は傷つくまいとしていたことで、いまの自分がまだ傷ついたままでいるのはかわいそうだと思うから。

わたしは幸せになりたかったから、傷『ついている』自分ではなく、傷『ついた』自分になったよ。

自分が握りしめている傷はきっと手放していいものだから。その傷がなくなっても自分は自分やから大丈夫。

 

癒すのは簡単だけど難しい。

わたしも1年とかかかってようやく落ち着いてきたくらい。

一瞬で治っちゃう人もいると思うけどね。きっと。

 

傷の差はあるけども、命をも傷つけかねないいじめは本当に深刻だと思う。

中にはずっとずっと抱えて生きていく人もいるんだと思う。

 

いじめって誰が悪いのかって言ったら誰も悪くないとわたしは思ってる。

強いて言うなら先生や親の指導力不足かなぁ。

先生も親も本当に大変だ…。

まだどちらにもなってないけど、両親を見てきてそう思う。

先生の大変さはメディアでもっと取り上げられていいくらいだよ。

 

さて、話を戻して。

なんでそう思うかっていうのは、いじめの原因は無くせないものだから。

いじめの原因になるのは、こどもの心の成長に関係している。

実際いじめが深刻になっていくのって、早くても小学校中学年から高校生くらいまで。大学になってもあるかもだけど。

小学校の年代はギャングエイジと呼ばれる年代で、2.3人の少数グループを作って親離れをしていく。

グループの中でお互いを支え合っている。

結束、絆をより強固なものにするため、共通の合言葉や秘密のルールを作ったり、交換ノートもたぶんそう。

女の子なら交換ノート覚えあるんじゃないかな。

 

高校生とかも本質はたぶんかわらなくて、知恵がついてるし、悪意も増してるから厄介は厄介だけど。

 

そして、この結束を強固にする行為の中に悪口とかちょっとした意地悪も入る。

この悪口や意地悪がエスカレートしたのがひどいいじめとして現実に浮き彫りになっている。

このちょっとした悪口や意地悪は、本当に仕方のないことだと思うんだ。

親から離れようとしている段階で、みんなふわふわと不安定なんだもの。

大人でも良くわかっていない自分探しの道をこれからたどっていくんだもの。

自分の居場所がないと怖いし、共通の話題で盛り上がることで、ここが居場所なんだって思えるから安心するからやってしまうものだと思うんだ。

だからと言ってそれを全肯定なんかしないけど。

どんな理由があろうと、悪意を持って傷つけるのは悪いことだと思っている。

 

そして、いじめ問題においては、そういう些細な原因はまったく無くせないもんだってことは大人は知っておかなくちゃ。

 

傷って痛いけど、悪いことばっかじゃなくて、傷があるから優しさを知るし、ともだちの有り難さとかわかることもあると思う。 

だからいっぱい喧嘩して、それからその解決方法をたくさん学べばいい。

ごめんなさいを言う方法を、自分の悪いかったところと向き合う心を、たくさん学べばいいと思う。

 

先生や親の指導力不足と言ったのはそういうところ。

いじめの原因はそこにある。

それは仕方のない事実。

いじめゼロへというけれど、この原因を無くしてしまったらすごく歪な心が育ってしまうと思うから、全然あっていいと思う。(別に傷つけあえってことじゃない)

でも、その小さな諍いや、傷がどんどん広がって溝になって壁になって膿んでしまわないように、先生や親という存在がごめんなさいの言い方を自分の認め方を、相手の尊重の仕方を教えてあげれたらいい。

なにがあって、いまどうなっていて、お互いどういう気持ちで、でもやっぱり仲いい方がいいよね、そっちのが気持ちいいよね、じゃあこれからもうまくやっていくためにはどうしたらいいかって、これから自分や自分の居場所を作っていく子どもたちに教えてあげてほしい。

 

そのために先生が生徒と関わる時間も大事だし、親がこどもと関わる時間もとても大切だと思っている。

学校側の責任にされがちだけど、そうした教育を家でできていない現状ももっともっとメディアに取り上げていってほしい。

(わたしの家はたぶんそれが卓球でまかなえていた)

確かに先生の質が下がってるっていうのもあると思うんだけど、それにしても昔は家庭でやっていた教育やしつけがすべて学校任せになっているのはどうかと思う。

これはいじめに限ったことじゃない。

社会福祉、サービスではあるけども、それはあくまで補助であってすべてではない。

だれも20〜40人の子どもを持つ親になんてなれないだろうに、それは先生だって同じこと。

 

このいじめの問題っていうのは単に学校教育じゃなくて、個々の家庭の問題でもあり、それにつながる企業の体制にも問題があると思う。

子どもの社会で起きている問題は、大人の社会で不具合が起きていることの結果なのかもしれないなぁと思っています。

 

そんなわけで最近のいじめ問題に関して思っていることを書きました。

 

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図らずも幻想的なミニオンの館。

アメリカのユニバにて。