読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みんぺのにっき。

何かが変わっていったらいいなと願いながら、感じたままにいろいろ書きます。生きたいように生きたいね。好きなことを、好きなように好きなだけ。

パルクールをやっていて思うこと

f:id:nozominpe:20161127222403j:image

愛知こどもの国。このトンネル楽しい。

 

 

7記事目です。

家族のお話は途中ですが、パルクールをやっていて思うことを書きます。

 

わたしがパルクールをやり始めた理由は、高校の同級生がパルクールをやっていたからでした。彼がやっているのを見て、かっこいい、やってみたいと思い、大学に入った時にはじめました。

大学2年の時までトレーナーとしてですが部活をやっていたので、1ヶ月に1回やれればいい方で、3ヶ月とか半年とかできないこともありした。

試合が終わるまではパルクール禁止!テスト終わるまではパルクールは禁止!みたいな制約をつけてましたね。一種の願掛け的なやつです。

パルクールがやりたくて部活をやめ、本格的にやりはじめたのは3年の時、それから今に至ります。

 

ちなみに、高校までは卓球をやっていて、いまではもう年に何回もやってませんが、いまでも卓球は大好きです。部活でやりたいなぁといつでも思います。

大学入ってやらなかったのは高校までの環境が良すぎて、勝ちに対してギャップのあるチームでやるのがもう嫌だったから。中学の時にそれで痛い思いしてますから。

 

パルクールをやっていて思うことは対トレーサーと対普通の人と対自分の3つがある。

 

 

対普通の人(パルクールやってない人、知らない人)には、かっこいいって思ってもらえるのはとっても嬉しい反面、あれって危なくないの!?って一言目、ふたことめには言われ目しまうのがちょっと悲しいですね。まぁ、そのたびに危なくないよ!とは言います。(他のスポーツと同じように自己責任な部分はあるので気をつけるべきところは気をつける)

わたしはかなりビビリでやれるという確信がない怖いことは絶対手を出しません。その分上達は遅いけど、怪我がないのはそのおかげだと思ってます。

パルクールは自分の身の丈に合った動きをしていくものだということ、一般レベルでパルクールがその単語とともに危なくないことが広まったら良いなぁと思う。

 

 

対トレーサーについて

パルクールやってる理由は人それぞれだとは思うけれど、誰に関係なく思うのはその人=パルクールという見られ方をするということ。

パルクールを知らない人が素行の悪いトレーサーをみて、パルクールなんて素行の悪い人がやるものだと認識される可能性が十二分にあるということ。マイナーな文化である以上その人の人柄=その競技として見られるのは避けては通れない道だと思う。

トレーサーはそのことを常に思っているべきとまでは言わないけど、頭の片隅にはおいておくべきなぁと思う。

パルクールは日本ではまだまだ肩身の狭い競技です。

いまやっている人たちがその未来を閉ざしてしまわない道を進んでいかなくちゃいけません。

 

 

対自分

自分がパルクールをしている理由を考えた時に小さな時の夢を思い出しました。小学校1年とかそれくらいのときの。『世界中の人と友達になる』っていう夢。

今、パルクールはそのツールのひとつだなってなんとなく感じています。実感する部分もある。

だってトレーサーってだけで世界中みんなファミリーみたいなとこないですか?卓球のときは味わえなかったこの感覚。年齢も人種もなにもかも超えてトレーサーはとても近しい人に思えます。

世界に出るということを掲げて、パルクールをやっている理由について考えた時にこの夢を思い出したってことは、まぁなんとなく心の中にはあったんでしょう。そんで無意識にパルクールという競技を選んだわけです。

わたしの本質ってそういうことなんだろう。

誰とでもともだちになれちゃうような。

自分でいうのもなんだけど、そういう自分はとても気に入っている。

 

あとはうまくなりたい気持ちについて。

卓球のときもできないことができるようになるのは嬉しかったし、ボールを夢中で追いかけてるときはなにより楽しかった。むかしはそれが全部だった。卓球のために生活がある感じ。勉強はおまけ程度。(あの環境で勉強できていたのは担任と、お姉ちゃんという背中のおかげ)

パルクールでうまくなりたい気持ちがむくむくとわいてくるとき、現役で卓球やっていたころを思い出す。というかまんまあの感覚。

どうしてうまくなりたいのかなって考えたときに出てくるのは第3者の視点。だれかよりうまくなりたい、誰かにうまいと思われたい。自己顕示欲とか承認欲求と言われたらそれまでなのかもしれないけど。

負けず嫌いは嫌いなので、わたしより上手い人みると悔しいって思ってしまうし、できないことがあるの(フリップとかでも)普通に嫌だし、うまくなってその自分をワンステップずつ超えていきたいんだろうなぁ。

あとは実力=正しさという認識があるので、(一概にそんなことは思ってないけど)自分の意見に正しさを生み出すためになによりもいまはうまさにこだわっているというのはある。

 

今思っているのはこんなところ。

まっ、いちばんは楽しいが基本ですがね。

今日は雨でピットでしか練習できなかったけど、はやくそとでパルクールしたいな。

週末の岐阜練習楽しみだ。