読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

みんぺのにっき。

何かが変わっていったらいいなと願いながら、感じたままにいろいろ書きます。生きたいように生きたいね。好きなことを、好きなように好きなだけ。

家族についてのこと。(お父さんとお母さん)

6記事目!

f:id:nozominpe:20161125225757j:image

(桜の花がいちばんすき)

 

人間がいちばん最初に所属するコミュニティが家族とも言われています。
最小単位の社会集団でもあり、それぞれで文化や秩序が構成されている。
帰る場所であり、安心する場所。
お父さん、お母さんがいて、お兄ちゃん、お姉ちゃん、弟がいる。いっしょに暮しているおばあちゃんもいる。
わたしにとってかけがえのない大事な6人。

一時期は、将来いちばんしたいことが家族をつくることだなぁと本気で思っていました。

働きたくないとかそういうのではなく、人生で為したいこと、わたしという伊藤家のコミュニティで育った人として。社会的な自分の存在意義という意味ではなく、もっとパーソナルな部分でのいちばんしたいこと。
彼氏もいないし、そんな予定はいまのところ当分まったくないけれど、それでもいつかは結婚して子供を産んで家族みんなで笑って幸せに暮らしていきたいと思っている。

こどもの成長をそばで見守って、できるだけ自由に生きていける道を作ってあげたいし、いい信頼関係を築きたいし、作ったご飯をおなかいっぱい食べさせてあげたい。娘がいたらいっしょにお買い物いってたり、カフェにいったり、コイバナとかもしちゃったり。息子がいたらいっしょに外で思いっきり遊んであげたりもしたい!
おやすみの日にお布団ほしてふっかふかのあったかーいおふとんにリラックスして眠くなちゃって、みんなで夕方まで寝ちゃって、わーもうこんな時間だきょうはそとでごはん食べようか―みたいなことしたいし、買ってきたスナック菓子じゃなくて手作りのクッキーとかおやつに出したい。

 

理想の家庭ってそんな感じ。
旦那さんこんな人がいいなーとかもある。
出会うのはきっとタイミングだから、いつかそんな人がきっといると思ってる。
いま彼氏がいないのもきっとそういうことでしょう。
たまに不安になるけれども。
ちゃんとわたしを大事に思ってくれる人が現れるのでしょうかーってね。

 

大事にされるのかどうかといま彼氏がいない、につながる話で言うと、いまそういう人がいないというのは、たぶん今向かうべきところが恋愛とはきっと違うのだと思っている(たぶん生きることそのものに対して向かう時期だと思っている。パルクールとかパルクールとか)あとはこれまでの経験から大事にされるということに慣れてなくて素直にそういうのを受け取れない心理があるからだと思う。
男の人でも女の人でも自分から向かっていく感情は素直に認められるし、口にもできるけど、向かって来られる感情に対してはすごくすごく逃げたくなる。男の人には後者は特に顕著。もしかしていいかも?みたいな気持ちと、こっちこないでくださいの気持ちが混在してることがほとんどだったりする。だから、片想いがすごくらくちんでかなわない片想いばっかりしてるんだとも思う。そのうちに素直に受け止められるから、まずは自分をちゃんと認めてあげるところからはじめています。

 

今の家族の話に戻ります。
家族がすごく大事なのは、やっぱり「家族」だからだと思う。
実はお母さんのことがちゃんと好きになれたのはここ1年のことだし、お姉ちゃんには小学校の中学年から、大学1年くらいまで恐ろしいぐらい冷たくされていたし(いまでもうまく向き合えていない傷)、弟とはどんな思い出があるんだというくらいいっしょに遊んだ記憶はないし、というかそもそもうまれてこの方お姉ちゃんなんてよばれたことない(呼ばれたい!!!!)昔いちばん信頼していたお兄ちゃんはわたしが小学5年生のときに進学で家を出てから同じ空間や時間を共有したことがほとんどないという。

それでもすごく大事だし、だれにも欠けてほしくないし。

 

ファザコンみたいな行き過ぎた感情ではないけど、わたしはお父さんがすごく好きだし尊敬していて、こういう親になりたいと思っているし、こんな旦那さんと結婚したいと本気で思っている。兄弟4人もいるのに誰に対しても平等で、やりたいと思ったことそれがきちんと意味のあるものだと思ったら、お金も時間も惜しまず費やしてくれる。おばあちゃん(お父さんの方の)とお母さんは、姑さんとお嫁さんの関係だから、ちょこっとぎくしゃくすることがあるけど、すごくうまく間にたっているなーと思う。おばあちゃんをたてることも、お母さんを立てることもしている。半端じゃないスキルだわ。家事だって「家族で助け合うもの」と言われて育ったし、当のお父さんもちゃんと洗い物したりしてる。包丁使えないと言いつつ、たまにごはん作ると俺がつくったんだぞ父ちゃんもやるだろ!というお父さんにはほっこりする。中学生までは毎日お父さんと一緒に洗濯物干してから学校に行っていたくらい。
本当お父さんすごいと思う。

 


さっきも書いたけど、反対にお母さんはずっと嫌いだった。
お姉ちゃんにはなんにも言わない癖に、わたしのことはすごいがーがー口うるさいし、高校の進学も大学の進学先も「お姉ちゃんはいいけど、あんたじゃ無理」って言われてきた。大学受かって、部活に入ることを決めると「お兄ちゃんだからできたけど、あんたじゃ無理」
と言われた。中学のときは誕生日の約束を破られて、わたしは要らない子なのかもしれないと本気で思ったし、という1年前まで本当に思っていた。
高校の時だってわたしの試合なんか見に来なかったし(弟いたから仕方なかったのはあるけど)、大学になってお姉ちゃんが弁当いらないからって作ってくれなくなったときはわたしはいいの!?ってなったしね。細かいことをいちいち比べて、傷ついて悲しくなって、がお母さんだった。
でも、1年前、留年することをお父さんとお母さんに言ったとき、それを許してくれた。
あのときなにを話したかは具体的には忘れてしまったけれど、あぁこのふたりに恩返しをしようちゃんと社会に出ようとはじめて思えたことは覚えている。そのときからお母さんの偉大さにちゃんと気づいていけるようになった。
いままでだってずっと毎日だれよりも早起きして、具沢山のお味噌汁とその日のお弁当を作ってくれた。仕事をしながら、家のことも助け合ってきたとはいってもずっとひとりでやってきた。部活から帰ったらあったかいごはんが用意されていることのありがたさに気づいたのも、1年前だった。おうちで家族と食べるごはんがこんなに幸せだってきづいた。ずっとそんな時間をつくってくれていた母にありがとうをたくさん伝えたい。
いまでは、お母さんみたいなお母さんになりたいととても思っている。

 

お母さんにこんなに反抗心むき出しだったのは小さなころの経験もあるし、女同士だからなのかなとも思ったりもする。同性だからこそ言われるといちいちイラッとするみたいな。
言い方が嫌いだったのもある。いちいち嫌味っぽくて、その言い方しなくてよくない!?と反抗期には思っていた。今はあんまり気にならない。(気が立ってるとダメだけど)
気を利かせて○○してくれてもよくない?っていうのがいちばん嫌い。やっといてほしいならやっといてって言えや!!!って気分になった。洗濯物は取り込むべきだったとしても、米炊くのとか知らんがな!夕飯何作るのかも知らんのに!それなら炊いてって連絡してや!!!って。むかむか。

 

まぁ、そんな経験を過ぎ去ってそれでもお母さんがすごい人なのは変わりないので、自分個人としては譲れないところはあるにしても、働く母として目指すところはお母さんのような人だろうなと思う。

 

こんな父と母の間に生まれたことをとてもとても幸せに思うし、ふたりのこどもだから私は今わたしでいられるんだなーと思うこともたくさんある。

 

ここまで自分の家族観とお父さん、お母さんについて書いてきたけど、ここから兄弟について書いていくととんでもなく長くなりそうなので兄弟篇はまた今度。