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みんぺのにっき。

何かが変わっていったらいいなと願いながら、感じたままにいろいろ書きます。生きたいように生きたいね。好きなことを、好きなように好きなだけ。

ひさしぶりの心屋さんを読んで、「わたしは素敵」と自分を許して。

帰りの電車で、久しぶりに心屋さんの本を読んだ。

 

最近ずっと読みたかったのに読めなかったのは、単純に貸し出し中だったからです。

半年以上経て手元にもどってきました。

おかえり~~~。

 

いくつかもっているけど、読んだのは『心配しすぎなくてもだいじょうぶ』ってやつ。

 

 

途中で眠くなったので、2章までしか読んでないのだけれど、最初に読んだ時とは全然違う感覚で読み進めていた。

 

前は、金属を燃やすといろんな色の光りが出ることを知って、うわー素敵すごい!!っていう感動があったのが、1+1=2っていうのを読んでる気分。

もう知っていること、なじんでいることとして脳が認識している感覚。(だから眠くなったのかも)

 

それでも、こころにとまったセクションがあった。

 

 

2章の8「自分一人でやる方が偉いという勘違い」というお話。

 

 

自分の、というか世の中の傾向としてあるのが「何かを為し得た」から自信が得られるという考え方。

(試合に勝つことが自信だったり、模試でいい点数とれるのが自信だったりうまくいった経験があるから、うまくいく想像が過程からできることにあるんだろうなぁとは思います。)

 最近はそれが特に顕著に表れていたかな。

 

パルクールがうまくなければわたしに価値はない」という考え方がまさにそう。

 

そんなことは全然なくて。

わたしはわたしのまんまでとってもでっかい価値があるんだから、自分のパルクールのこともサイトのこともそれ以外のことも自分ひとりでなんとかしようとするんじゃなくて、「自分は愛されている」という絶対的な自信のもとにもっともっと甘えてもいいんだということ。

 

 

わたしは家族以外の人から「しっかりしている」という印象をもたれることが多いです。

 

 

それは自分が周囲に甘えないから。

 

 

自分の周囲からのイメージはあんまりいい評価をもってもらってないと思いこんでいるから、邪見にされて傷つかなくてもいいように、なんでも自分でやろうとしちゃう。

(結局はキャパオーバーなんだけど)

 

甘えないのは自己防衛というか、ただ杞憂なんですよね。

 

 

もっともっと、いろんなこときっと甘えてよくて、怖がらないで「教えてください」も「練習してください」も言えばいいのかなって。

みんな優しいから、言えばちゃんと教えてくれるだろうし。

そうやって応えてくれる場所があるんだから、とっても幸せだよね。

 

ほら、これもあるあるだ(笑)

 

 

成果じゃなくていい。

できない技が多くてもいい。

 

それでもわたしはパルクールが好きだ。

 

 

それだけでわたしはとっても素敵だ。

 

 

 

さらっと読んで、ふと気に留まったところについて書き出して、自分をひとつ許してあげて、ひとつ自分をほめてあげて、ちょっとうるっとなったところで今日はおしまい。

お金ないない?愛情ないない?それはないない。どっちもあるある!

 

アメリカ行きの資金のために、ほんの1ヶ月前までは20万くらい貯まってはずなのに、2ヶ月と立たないうちに残高が5万とかになってしまった。いったいなぜ…。

 (ほぼ卒業旅行とかなんだけど)

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絶賛お金ないないモードのわたしです。

 

 

そしてここ1週間ほどでまた出費がかさむようなことがいくつかあって、あたまを悩ませています。

 

ちなみに出費としては、

携帯交換代金3万円(ちょっと割れてただけだったのに卒業旅行で落としてバキバキに。液晶はがれてきてる)、新しい充電コード(もうすぐちぎれる)、コンタクト代8000円弱(2ウィークを1ヶ月使ってる…)、キャンセルになった飛行機の取り直したお金追加分2万円弱などなど。

 

5万じゃ足りない…!!

そして割とどれも死活問題。

 

 

そしてこの1週間で怒涛のように増えたわけですが。

 

 

なんでかなって思ったら、今のわたしがないないモードだからだと思いました。

 

 

3記事か4記事くらい、自分の傷をみえるような記事を書いたんだけれど、たぶん傷を見て放置したから、こころがないないモードになってしまったんじゃないかとう考えに至ります。

 

 

パルクールうまくないよう!」

「やっていけないよう!」

「頑張ってないよう!」

「自信ないよう!」

「愛されてないよう!」

「居場所がないよう!」

そんなことをただただ言いっぱなしにしているんですね。

 

 

「ない」という心だけ感じて、「ある」はずの現実を見ていないのがいまのわたしです。

 

おまじない的な意味も込めて、あるあるを書いていきます。

わたしの自己暗示的なのを読んでもつまらないと思うので、読んでくれてる人がいたら、心の中で自分に置き換えちゃってください。

 

 

パルクールできるよ!」

「頑張ってるよ!」

「自信もりもりだよ!」

「やっていけるよ!」

「お母さんにちゃんと愛されてるよ!」

「お姉ちゃんにも愛されてるよ!」

「名古屋にもちゃんと居場所はあるよ!」

「今のわたしは素敵だよ!」

「毎日楽しいよ!」

「魅力だってある!」

「お金もありありだよ!!」

「嫉妬したっていいじゃない!」

「大丈夫!」

「そのままのわたしが素敵!」

 

 

自分の褒め慣れていないから誉め言葉思いつかねー!ぐぉー!!!

 

 

 

そう。誉め言葉。

誉め言葉は大事。

 

「ダメだダメだ」が心をかっさかさにさせ、ちょっとした刺激で出血する言葉だとしたら、褒めことばはうるおいヴェールって感じ。うるうる、ほわほわ、あったか。

おかげで心が元気になるね。

 

ちなみに、子供ができたら褒めて育てるって決めている。

 

家庭教師のお仕事も、あんまりダメダメ言わないようにしてる。

卓球もいまこうなってるからこうしてみようか、というようにしてるし。

いいときは「うまい!」「すごい!」と手放しでほめる。

 

最終的に問題がしっかり解けたときは「やるじゃん!」「できるじゃん!」「すごいじゃん!」ばっかり言っている。

できなくても、「形はわかってるからあとは練習だね」って、やる気につながってくれたらいいなっていう言葉を口にする。

 

あれ、なんだかいい先生っぽい!

 

「わたしとってもいいお仕事をする!」

 

 

Twitterでとっても可愛らしいイラストで誉め言葉を受け取る小さな漫画を描いてらっしゃる方がいて、たまたま見かけたんだけれどね。

 

 

このツイート。

ホントにこんな感じ。

わたしに箱を受け取る資格なんかないと思って、いりませんって勝手に言ってた。

 

ほかの小さな漫画で、「ほらこれ持って。こうやって手を添えて、こうやって持つんだよ」と描かれているのもあって、わからないならちゃんと手から意識しようと思いました。

 

誰かからでなくてもいい。

わたしがわたしに、プレゼントを贈って両手でしっかり持ってあげたい。

 

 

今日から3月。

あるあるモードで1ヶ月過ごしていこう。

 

いまのバイト先よりも、新しく働きたいところがあってウキウキしてる~。

はやく面接の連絡来ないかな~。

母の愛情をお金として求めてしまう心。その2。

前回の続き。

 

母に傷つけられたとはまったく思っていないが、もうひとつわたしが勝手に傷ついた出来事は、大学にあがるときだった。

入学金やら新しい定期代やらでたくさんの金銭的負担を親にさせてしまう時期であるが、同時に必要になってくるのは大学に通うため衣服である。

 

中学、高校とともだちと遊ぶことなく、卓球と勉強にあけくれていたわたしはジャージとTシャツ以外はまったく持っていなかった。

 

当時は中学のときに買ってもらったジーンズしかないレベルで本当に私服がなかった。

それは、自分が必要になるまで興味がなかったのもあるけれど。

 

姉はわたしよりも興味が女の子らしかったので、どこか行くと服を買い与えてもらっていた。(私服にとどまらず卓球のユニフォームも)

だから、それなりに洋服は持っていたのだ。

 

わたしは持っていない分、きちんと揃えさせてくれるだろうと思っていた。

そう勝手に期待していた。

 

わたしの期待はかなうことはなく、ボトムが3着とトップス3着くらいだったように思う。

これだと服をそもそも持っていなかったので、全然着回しとかできないレベル。

いろいろ合わせて10着くらい買ってもらえると思っていたのに。

(服を自分で買うようになって思うと金食い虫でしかないな…)

 

 

大学が始まると、自分でも自分のことダサいのはわかっていたし(当時の写真は見返してもダサい)、新しい服も欲しかったのだけれど買えるお金は持っていなかった。

 

母はわたしにもうちょっとなんとかしろと言う。

じゃあ服を買ってほしいというと、それは自分で金を出せというのだ。

 

アルバイトを始めたのが確か5月の半ばとかだから、6月まで自分でお金は稼いだこともなかった。月1万、父からもらうお小遣い以外は本当に何もなかったのだ。

 

そんなわたしのことダサいと思っているのに、可愛くしようとしてくれない母が嫌だった。

そして、わたしのこと好きじゃないから買ってくれないんでしょと勝手に思うようになっていくわたし。

 

 

衣類だと、卓球時代からそうだった。

学校でそろえるユニフォーム以外は全部おさがりだった。

なにかあると、おさがりがあるでしょ。学校のを使いなさいだった。

お姉ちゃんは中3の時ミズノのかっこいいジャージを買ってもらったのに、わたしには学校のジャージがあるでしょ、としか言わないし。やっと買ってもらったジャージもIGNIOのだっさいやつだったし。

 

そんなだったから、ささいなことにお金を出してくれるかくれないかが、いちいち気になっていた気がする。(具体的にはあんまり覚えていないけど

 

 

母がわたしを愛していないとわたしが思ってしまうのにはもう本当に充分だったのだ。

 

勉強や生活面に関しては本当にきちっとしている姉といつも比べられた。

お姉ちゃんのようにしなさい。

なんであんたはできないの。

 

そんな言葉ばかりを受けて育った。

 

まじでお母さんに褒められた経験はない。

高校進学も、大学進学も応援されたことなどない。

 

実は高校も大学も姉と同じなのだけれど(学部は違う)、それも、お姉ちゃんだからできるけどわたしには無理だと何回言われたことか。

 

 

だから、逆にちゃんと兄弟ひとりひとりを別にみて、正当な評価をしてくれる父親はとても好き。

高校も大学も父はちゃんと応援してくれたし。

ちゃんと理由を話せばお金だって出してくれる。

それもちゃんと兄弟全員になんやかんや甘いのだ。

 

 

おばあちゃんにはよく言われるのだけれど(だいたいわたしがおばあちゃんに愚痴ったときに)、お母さんはお姉ちゃんを贔屓しているらしい。はたから見てわかるそうだ。

 

母と姉との関係をわたしから見ると、母は姉をちょっとご機嫌取りしているようにも思う。

今は落ち着いたけれど、あの人は留学に行くまで本当に家族にはうまくいかないことの八つ当たりのひどいひとだったから。

勉強がうまくいかないイライラとか全部態度に出す。

すぐに不機嫌になるし、扱いにくくてかなわない。

 

そんな姉はわたしにとってまったくいい姉じゃないのだ。

 

それがわたしはとても寂しい。

 

 

だから、母がわたしに姉とまったく同じようにお金を使ってくれないことは、わたしにとっては同じように愛してくれていないことと同義だった。

お母さんにわたしのことでお金を使ってほしい。

お金を使ってくれることが愛情だと思ってしまうのはそういうことがある。

何かを買ってくれなかったことが、わたしはわたしを大事にされていないと思ってしまったのだ。

大事じゃないから与えてくれない。

 

 

だから、わたしはお金をわたしに使わせようとして、留年したのかもしれないとどこかで感じている。

お金の量が愛情じゃないことはちゃんとわかっているし、これまでのお金の使い方なんて測れやしないし。

 

けれども、わたしのことを大事に思っている証拠としてのお金をわたしは欲しがっている。

だからわたしは母に対しては愛情としてのお金を求めてしまう。

 

本当はそんなことないのだ。

ちゃんとわたしは母の娘で、ここまで育ててもらってあと1年だか2年だかは養ってもらうわけで。

留年の時点で家を出ていけと言われてもおかしくないのに、見逃してくれているのだ。

それだけでも実はすごいのだ。

 

こうやって留年することを許されたのも、家を追い出されない確信がわたしにはあるのだ。

 

もっとちゃんとストレートに愛してると言ってほしいのかもしれないけれど。

 

 

いつか、家を出る前か出ていくとかはわからないけれど、お母さんとちゃんと話がしたい。

今までのいろんな心のつっかえを全部取って、ちゃんとわたしは愛されているのだとちゃんとちゃんと感じたい。

わたしが傷ついたことを、母に知ってもらうだけでも癒えていくのかもしれないけれど。

 

 

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 つつまれていたい。

母の愛情をお金として求めてしまう心。

愛はお金に変えられない。

金では買えないものがある。

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この言葉にわたしは大きく頷くことができる。

 

これをノーという人はあんまりいないんじゃなかろうか。

 

というか、金ですべてを買えるほどの財力を持っている人がいないと言った方が正しいかもしれない。

 

 

わたしがお金で買おうと思えるものは、自分の心を満たすものやお金を出すことで整えられる環境とか。

正直、ブランド品を買いあさる行為とかは、すごく騙されてるみたいでかわいそうだなぁと思ってみている。

 

高級なレストランでの食事も、高いブランド品も、それをともに過ごす人がいて、誰かがわたしを想って選んでくれることで「価値」を持つものだとわたしは思っている。

(残念ながらいまだかつてそのような経験はありませんが)

もちろん、金銭感覚の違いはあるので、そういうものの基準が高い人もいるとは思いますが。

 

 

だけれども、わたしはお金で愛情をはかることがたったひとつだけあったりする。

これは、とっても認めたくないけれど確かな事実。

 

 

それは、親からの愛情。

特に母親からの愛情だ。

 

 

中学のときほど、母親に愛されていないと思うことはなくなったが、(というかそもそも疑う余地はなく大切にされてはいるのだが)母の中にある(ような気がする)兄弟の優先度の中で自分がもっとも低いと思うときはある。

 

最近それを感じたのは、年末年始だった。

その頃はわたしと母と父、それからおばあちゃんの4人で生活していたので、兄、姉、弟が家にいることは特別なことだった。

人数が増えたとはいえ、普段とすることは変わらない。

炊事や洗濯はもちろん、時期が時期だったので掃除はいつもより念入りにしなくてはならなかった。

 

でも、手伝えというのはわたしだけなのである。

 

おかしい。絶対におかしい。

だって、家族なのだ。

昔はみんなでやっていたことを、なんでわたしにだけやれというのだ。

全員働いてしかるべきなのだ。

 

もうとってもとっても腹立たしかった。

 

なんで、兄や姉や弟をもてなさなければならない。

お客さんじゃない。

家族なのに、だ。

わたしだけ、働き手としてみなされていることが、自分をないがしろにされているみたいでいやだった。悲しかった。

めったに帰ってくることのない、兄や弟がいるのは母親としては嬉しいだろうし、かまってやりたくもなるだろう。

でも同じ兄弟の立場としては、ふざけるな!だった。

 

 

 

 

 

わたしが、母親にないがしろにされているように感じてきたのはもうほんとうにずっと前から。

 

いちばん強く感じたのは、中学の2年生のときの誕生日だったと思う。

その年、なんときかは忘れてけれど、お姉ちゃんがクローゼットを買ってもらっていた。

ふとんをしまうカバーに棒をとりつけたみたいな作りじゃなくて、木でつくられた大きなやつ。洋服をかけるバーの下にもかばんを置けるスペースがあり、さらにその下に2段の引き出しがついているのである。

ごちゃごちゃした上着とかも隠れてしまうし、部屋をきれいに整える姉の性格も手伝って、そのクローゼットのある姉の部屋はとっても素敵に見えた。

 

だから、同じようなクローゼットがほしい。

 

とお願いをした。

 

約束だからね!と言った。

 

誕生日が楽しみでしかたなかった。

 

誕生日が来たらわたしの部屋にもとっても素敵なクローゼットがくるんだ。

片づけろっていつも言われるけど、クローゼットが来たらわたしの部屋もきっと素敵になるだろう。

とっても、とっても楽しみにしていた。

 

 

誕生日が近づいて、近くの家具屋さんに見に行ったけれど、似たようなクローゼットは見つからなかった。

それでも、お母さんは別のところで探してみようねって言ってくれたんだ。

きっと見つかるとわたしも思っていた。

 

でも、しばらくして母が買ってきたのは家から歩いて15分くらいのホームセンターで売っている、4段のタンスだった。しかもプラスチックの。

もうほんとに可愛くないの、そのタンス。

 

クローゼットじゃないこともショックだったし、そのことに不服を言うと母はわたしに「いいじゃんこれで。我慢して」と言った。

 

もう本当に傷ついた。

 

お母さんはわたしのことなどどうでもいいのだと、本当に思った。

 

 

わたしがここまでショックを受けたのには理由がある。

わたしの家では、小さいころから約束は守れと父に教え込まれてきた。

だから、約束だけはちゃんと守るのが当たり前だった。

 

 

わたしは母にクローゼットは約束だと言った。

母もそれを了承した。

 

この時点で、わたしと母の間に約束は成立していた。

 

それなのに、母は約束を破った。

約束のものと違うものを、それも全然かわいくもないものを勝手に買ってきた。

母に裏切られたと思った。

 

それはずっとずっと続いた。

母に感謝を覚えた、去年までずっとずっとわたしはその痛みを持っていた。

 

おばあちゃんにしか話したことはないので、家族のだれも知らないわたしの傷。

 

長いので次の記事へ。

打ちひしがれて苦しんでも諦められない、その理由は

このあいだ、そのモチベーションはどこから来るの、と聞かれた。

 

「夢」へのモチベーション。

 

わたしの「夢」、

どんな形でもパルクールで食べていけるようになること。

 

 

最初はただ単にやりたかった。

そうなったら、めっちゃ楽しいだろうなってすごいわくわくした。

その時は、なにかにわくわくしたり、やりたい!って心が動くことがとても久しかったような気がする。

だから、これだ、って思った。

思えたし、思ってしまったのかもしれない。

 

今はどうだろう。

 

この先のことあんまり迷ったりはしない。

ほかの道にいこうとも全然思っていない。

 

けど、何度も何度も消沈してしまいそうになるのも確かではある。

 

自分では無理なんじゃないか、という不安が今までだって何度も首をもたげてきた。

 

本当に卓球しかできないと、思うことがよくある。

 

そのたびに台を走る球の音や、ラケットの重みが懐かしく感じる。帰りたいと思うこともある。

 

ただ、その卓球だって初めからできてたわけではない。

 

2時間かかってやってファオ打ちが続くような時代があったわけだし、そこから練習量が勝手に増えたから勝手にうまくなっていったんだし。

 

ということは、パルクールだって素振りや壁打ちと同じように、毎日何時間と練習していた高校の時と同じように細かいことを意識して何百何千回と練習したら、いつかはできるようになるんじゃないかと、もたげた不安を押し返している。

 

それが、割と日常だったりする。

 

こんな、人からしたらバカげた葛藤の中でも、苦しいことには苦しいのだけれど、パルクールを捨てきれないのはなんでだろうか。

たぶん普通の就活の方がいくぶん楽ではあるのだと思う。(いや、大変は大変だろうけどね)

 

 

結局のところ、わたしは、わたしに嘘をつきたくないのだと思う。

 

パルクールで生きていきたいと思ったわたし」をなかったことにしたくないのだろう。

 

 

じゃあ、そもそもなんでパルクールで生きたいと思ったのかというと、普通が嫌だったんだと思う。

就職して、会社の中で自分の存在意義とはについてぐるぐると考えながら生きるのが嫌だったんだろう。

 

アメフト部でトレーナーをやっていたころ、自分の仕事の意味もわかっていたしわたしが頑張らなきゃとも思っていた。

それでも辞めてしまったのは、そういう「役割」をこなすことのできる人がいれば「わたし」の必要性は特にないと仕事の意味以上に感じていたからだ。

わたしじゃなくてもいいことをわたしは頑張りたくなくなった。

あの場所で、わたしは「わたし」の存在意義を見つけられなかった。

わたしのせいかもしれないし、まわりの人のせいかもしれない。ただのタイミングかもしれなかったけれど、たしかにわたしは「居なくてもよい存在」であった。

 

 

 

わたしはわたしの生に、命に理由がほしい。

わたしの人生は意味のあるものだったと思って死にたい。

 

「主人公」でいたいんだ。

「「ヒーロー」になりたいんだ。

 

 

そうすればわたしはきっと愛される。

 

 

そういう、そういうことなんだろう。

 

 

だから、まだまだ発展途上なパルクールが舞台なのだろう。

 

たくさんやっていけることが転がっているから。

 

 

このモチベーションは、わたしがわたしの生きる意味を求めるそのものだから、たぶんなくなることはない。

これを辞めてしまったら、わたしはわたしの人生の意味を命の理由をあきらめたことになってしまう。

わたしでわたしの生を否定してしまうことと等しいと感じているんだろう。

 

今までと同じように打ちのめされたり、傷ついたりすることはあるのだろうけど、だから、わたしはあきらめられないのでしょう。

 

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なんだかセンチメンタルにたどり着くなぁ…。

今苦しんでいること、自分の居場所探し、悲しくなって泣いたこと

知らない間に一個前の記事で30記事目。

長いようで短い!

更新しなくても2~5人くらいは閲覧があるのがびっくり。

更新すると30~100の間でけっこう幅が広いんだけど(笑)

 

 

自己満足の一貫だけど、言いたいことを言うブログなのでそれもまたよし!

 

人の共感を誘える文章とかは全然書けないけど、こうやって自分の考えてることをタイプするのは楽しいからそれもまたよし!ってことで。

 

 

 

いま、自分がいろんなことやりたいって息巻いているけれど、自分自身でその言葉に苦しむことがよくある。

現役で卓球プレイヤーやってた頃に読んだスラムダンク勝利学っていう本の中に、目標は口にするといいみたいなことが書いてあった。

いわゆる有言実行ってやつ。

 

コトバにすることで、責任が生まれる。

その責任があるから実現するべくして行動する、みたいな感じのこと。

 

読んだのはもう何年も前だから正確には覚えていないけどニュアンスはこんな感じだったはず。

 

それにならって今まで、自分が逃げちゃいけないことに関しては結構意識して口にしてきた。

「部活を辞めない」ってっ同期の前で公言したのもそうだったし、いまパルクールで生きていきたいってこのブログをはじめいろんなところで言っているのもそういう理由からっていうのはちょっとある。

 

ただ、これの弊害としては強迫観念に自分が囚われてしまうことだと思う。

 

 

部活の時もそうだったし、いまの自分もそうだと思っている。

 

こないだ神奈川にいる友達と泣きながら電話していたら、その子に「のんちゃんは~しなきゃが強いから苦しいんだよ。もっとパルクール楽しめばいいよ」って言われた。

 

確かにそうで、いまは結構うまくならなきゃっていう気持ちが先行してる。

 

 

うまくなりたいのは、自分のコトバに説得力がほしいからっていうのはいつかの記事でも書いたけど、JPWCという情報サイトの運営や、練習会を主催する立場としては、説得力がないと拡散力や練習会の進行がうまくいかないことが出てくるから。

 

わたしだったら下手な人に教えられたくないしね。

 

お前全然できひんやないかいってなる。

 

だから、はやく!もっと!!という気持ちばかり焦って、うまくその時間を作れない自分を責めて、ダメだダメだで心がいっぱいになって身体が遠ざかっていってしまう。

 

そしてほかの人をいいなぁって思ってしまう。

 

バイトとか、勉強とか、家のこととか。

そういうことしないでも環境がある人、それでどんどんうまくなっている人を見ると悔しくて悔しくて仕方ない。

 

今一番したくないのはバイト。

でも、バイトしないとお金ないもん。

 

アメリカに行きたい→お金が必要→バイトしなくちゃ

でも、このバイトがいまなかなかにシフトを削られるから多めにシフト入れなきゃいけなくて、それががっつり日中とかじゃないと削られるから入れるでしょ?

疲れるし、日も落ちるから練習したくなくなる。

 

 

でも家も遠いから、室内の個人練習で空いてるところ使えなかったり。

東京や名古屋の、きちんと練習できてる人たちを見て羨ましくて、泣けてくるくらい悔しくなって。

 

でも、それも自分が頑張ってないからだ。

本気になれば練習する時間くらい作れるだろってなって。

あぁ、わたしはダメなやつだ。

パルクールしたくないんだ嘘つきだ。

寒さや暗さに負けてしまうくらいの気持ちなんだな。

やってないってことは、パルクールで生きていきたいなんて嘘なんだ。

 

嘘つき、嘘つき、嘘つき。

なにもなくなるのが怖くてパルクールを手放せない癖に。

 

そうしたらそんなにパルクール好きじゃないのかなってなって、背負うのが苦しくなって、また練習から遠ざかって、みたいな。

 

 

全然関係ないけど、名古屋で練習しにくいことのひとつに、自分の居場所のなさをいつも感じるからだというのがさっきわかった。

名古屋にわたしの居場所はない。たぶん。

女子は違うけど。

わたし名古屋勢って認識されてないことがわかってぼろくそに泣けてきた。

 

わたしの信頼や仲間意識も勝手な一方通行で、めっちゃみじめじゃない?自分。

 

本当に笑えるくらいみじめ。

 

裏切られたとかそんなことは一切思わないけど、ただただ悲しいし、みじめだし。

嫌になってきた。

 

 

 

結局のところ、わたしは「居場所」がほしいのかもしれない。

部活にはなかった居場所。

それを求めて部活を辞めたのかもしれないし、そこにあったパルクールに逃げたのかもしれない。

 

 

うまくなりたいには承認欲求が隠れているし、ここに居てもいいよって言ってほしいんだと思う。

だから、練習会とかもやるんだと思う。

 

なんてくだらなくて不純な動機なことでしょう。

 

 

パルクールの根底にあるのが、ただの「愛されたい」でなんだかがっかりだ。

またひとつ自分のことを嫌いになって終わっていく。

 

でもパルクール続けるよ。

アメリカにいるわたしの片割れの隣にいたいもん。

これは素直な気持ち。

 

 

そして、ひとしきり泣いて、落ち着いたら「見返してやろう」ってふと思ったから、同じことで泣いたり悩んだりしながらなんやかんやで続けていくんだろうね。

 

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スラムダンク勝利学

スラムダンク勝利学

 

 

 

 

知らないところでうまくなって「あれ」って思わせたい。

パルクールがオリンピックの競技になる!?について。

 

卒業(しない)旅行に行ってました。
人生二度目の九州楽しかったです。
食べ物がうまいんじゃー。

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卒業旅行真っ最中の昨日の夕方くらいから、パルクール界隈ではオリンピック競技追加の動きに対してあっちこっちでいろんなリアクションというか、主に否定的なリアクションが多く見られました。

 

 

わたしはこれに関しては割と賛成な方で、日本みたいなまだまだマイナー文化として扱われている国では、道具やら施設やらがどんどん充実していくんじゃないかなって思ってます。てことは経済的にはよい効果が得られるかな?

 


認知度が上がって、「変なことしてる」じゃなくて「パルクールしてる」っていう風に見てもらえるんじゃないかなーっていう期待もある。

 

 

 

競技化したパルクールパルクールじゃない!っていう人をたくさん見かけたんだけど、じゃあArt of Motionはどういう位置づけなんだろう?みんなけっこう楽しんで見てない?というのが率直な感想。
あとは、ダンスとかもけっこう自由なスタイルのスポーツ(にカテゴリしてしまうのが正解なのかは置いといて)だけど、大会として成立してない?コンテストとかあるよね?
だったら、パルクールだって十分競技として成り立つと思うけどなぁ。

 

あとは、パルクールが競技になったとしても、自分らがパルクールやっていく上でのルールってあんまり関係ないんじゃないかっていう。パルクールの競技としての側面や一部であって、それが=パルクールっていう認識がもたれなければいいでしょう?
それは今パルクールやってるトレーサー達の行動次第じゃない?
なんかしろとかっていう意味でなくてね。


イメージとしては一般人がやるスケートとフィギュアスケーターがやるスケートはまた違ったものだし。
なんかちょっと違う気もするけど、そういう受け取り方してもいいんじゃないかな?

 


ただ、このニュースで気になるのは競技の追加に関して国際体操連盟が主導で動いていること。
卓球やってたらテニスのお偉いさんがなんかやってた!?って感じ。

体操経験とかないからわかんないんだけど、遠くのご近所さんってイメージ。
一部ではあるけど似てる部分はあると思ってて、でも、体操とは違うのに、どうしてそこが動くのか…。っていうなんか腑に落ちない感はある。それはたぶん多くの人が感じてることだと思う。

 


でも、その理由のひとつは、パルクールというスポーツの歴史がほかのスポーツと比べてまだ浅く、組織立っていないところにあるんだと思う。
注目しているけどもそれを国際的に動かせる団体がないから、じゃあこちらでやってみましょうかっていう好奇心とか善意的な行為なのかもしれないし。
もしくは、団体がないことを好機とみて市場をかっさらっちまおうっていう魂胆なのかも。

どういう経緯で体操連盟が動いているかはわからないけど、純粋にパルクールというスポーツ(トピック的にそういう扱いしていきます)に注目しているか、それとも別な意図があるのか。
後者だったらちょっと嫌だな~。

外でやる体操みたいな風な受け取られ方はされたくない。

競技化賛成派だけど、それは別ものでしょうって思う。


ただ、競技にすることで一般的な人口が取り込みやすくはなるのも確かじゃないかな。
パルクールがなかなか広まらないひとつに、定義づけができないことがあるとは思っている。
スポーツのほかに、哲学でもあり、ライフスタイルでもありと言われているけれど、結局なんやねんっていう。

 

あと、やり方も。
何がゴールかわかんないから、知識ないとこれでいいのか?ってなることがある。

初めてやる人も正解がわからない戸惑いって結構多いんじゃないかと、練習会の主催をしてて感じることもある。

 

だから、競技にすることでパルクールに触れる入り口がたくさんできて、市場開拓としてけっこう有効な手段のひとつなんじゃないかと。

でもいきなりオリンピックは突飛な気がしなくもない。
AoM以外でも国際大会とかを試験的にでもやっていってからじゃない?どうなの?
オリンピック決まったらその辺の動きも出てきそうだけど。


あ、競技化に向けて動き始めたほかの理由として考えてるのは、スポーツ市場のマンネリ化というかどのスポーツも市場の動きが上限に達してきたんじゃないかと思って。
新しい市場を開拓することで市場のパイを増やしたいんじゃないかなーとも思ったり。
(経済学部っぽいけど、内容ぼんやりしすぎて逆に頭悪そう)

 

 

疑問と問題点は多々あるものの、総合的に見てわたしは競技化賛成派という記事でした。
終わり!